晩酌
2018.25
終業時刻になるとボクはたいてい真っ直ぐ家を目指したから、帰宅時刻はほぼ一定。
夕方仕事から帰ると風呂に入る。
それが合図のように妻は食卓の準備を始める。
箸や取り皿が定いつもの位置にセットされ、フライパンや鍋に最終的な火が入る。
風呂からあがり部屋着に着替えリビングに入ったボクは、食器棚から妻と自分の銅製のビールグラスを取り出し食卓に運ぶ。
テレビをつける。たいていは民法の夕方のニュース系番組。
妻が料理を運ぶ。
ボクは冷蔵庫にビールを取りに行く。
妻が「よいしょ…」と言って席に着く。
ボクはタップを開けたビール缶を持ち上げる。
「はい」と言って妻はグラスに手を添える。
次に自分のグラスにビールを満たす。
「いただきま~す」と声を合わせグラスを合わせる…。
一日のうちで、かなり(?) いや、たぶん一番幸せな瞬間。
ホッと一息。呼吸が楽になる。住み慣れた部屋の空気が美味い。
稼ぎが悪い夫を持ったために、並ぶ料理は決して豪華ではないが、ボクの好きなものが多く、稼ぎが悪い夫とってはいつもご馳走。
怒るかもしれないけれど、妻はたぶんどちらかというと不器用。
だから何をするにもテンポが優雅(^^;。
けれど何事にもひたむき、大真面目。とりあえず本気で一所懸命なのです。
一途(?)。…そう…なのかも知れない。…飽きるまでは(^^
その妻が今回の病気に関しての反応は驚くほど早く、たぶん正確なのです。
少しでも悲観的な話をしようものなら、即座にポジティブな情報や笑いを誘う手段でボクを元気づけようとしてくれる。
その日も貯金がほとんどない浪費家で稼ぎが悪い夫は、治療費の先行き不安から、今の体調でも出来そうなアルバイトを探してみようと思っていることを漏らした。
がん保険に加入していない我が家にとって、これからかかる治療費の負担は甚大だから。
「心配しないで、私がなんとかするから…。今は治して元気になることだけを考えていればいいの…。ダーリン(付き合うようになって以来、ボクはそう呼ばれている)になにかあったら困る。…困るし嫌だ。やっとこれから二人の時間をゆっくり過ごそうと思っているのに。生活費から少しづつ貯金していたのがあるから。それがなくなったら、私が働いていた頃の貯金が少しあるから。それがなくなったら、親に頼むから…。だから心配しないで。その体で働くとか無責任なこと言わないで!。」
そんな感じだったと思う。
矢継ぎ早に…。
で、ボクは何も言えなくなり、俯くしかなかった。
申し訳なかった。
涙が溢れて止められない。
暖かい涙だった。
妻も泣いていた。
日本酒に切り替えて、いつもより少し長めの晩酌。
静かな夜でした。
妻を大切にすると心に誓った夜でした。